(´^ω^`)カンパネラです。(自動更新)
ちょっと素。
日曜の道新朝刊の「朝の食卓」という小さな記事が目にとまりました。
英語の先生が書いた
タイトル できる子
・・・ 内容概要 ・・・
「できる子」に共通しているのは、物事を正面からとらえ、人の話をちゃんときけること。
ある時、中3の授業で難しい宿題をだしたら、みんなブーブー。
そんな中、一人の生徒が言った。
「先生、大変だけどさぁ。おもしろいよ。」
私は、「この子は伸びる」と思った。
勉強は決して楽なことではない。
でも、「どうせなら楽しんでやろう!」という気概を持った生徒は確実に伸びる。
私はこれを苦楽(くるたのしい)と呼ぶ。
「できる子」に共通する条件は
人の話を聞く耳 と 来楽しさ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なんか、気がついた。
確かに勉強してるのに、なかなか点数につながらない時って、勉強に追いまくられて、全然楽しむなんて余裕なかった時の気がする。
そんなにやってないのに点数とれてたのって、なんかおもしろいって感じた時だったように思う。
120万画素のぼくの頭脳は、それがすごく強いような気がする。
前からムラがあるのは気がついてた。
おもしろいって思うと不思議に一気に覚えられる。
頭脳カメラでカシャって写し取る感じ。
突然、連続でシャッターが切れるときもあった。
好きなドラム叩いてるときは、いつも頭脳カメラ作動してる感覚。
曲、2~3回聴けば耳コピー完了してるし、楽譜も2~3回やれば覚えてしまう。
自分でもよくわからない。不思議です。
なのに、逆に、何かやだって感じがあると、何回やっても全く覚えられない。
頭脳がアレルギー反応みたいに受け付けない感じ。
覚えられるときはすぐ覚えるから、覚えられないときは、努力してないんじゃないかって目で見られたり、さぼってるって思われるのでいやだった。
1年生の時の百人一首、初めはおもしろいと思ってすぐ覚えれたのに、ある時、国語やだって感じたら、急に覚えられなくなった。
1年生の時、国語のふじまる先生が、添削ノートの最後に
「何にでもおもしろさを見つけて頑張るせまるくんです」
って書いてくれていたのを思い出した。
うれしかった。
ぼくの良いとこ書いてくれてた。
そういうことだったんだ。
話それるけど、今、1年生の時の国語の授業受けたら、すごくわかりやすいだろうなって思う。あの時はチンプンカンプンだったけど。
1年生の時は、勉強大変でもよく「おもしろい」と感じることが多くて、ちっちゃいことでも勉強中よく笑ってた。受験の時も勉強楽しかったし、辛いと思わなかった。
それが、だんだん時間に追われて全く笑えなくなってた。勉強が辛くなってた。
やらなきゃだめだ、ちゃんときかないとって気ばかりあせって、授業を「おもしろい」と感じなくなっていた。おもえば思うほど疲れるし、ぼ~っとなった。
120万画素のかめは、ゆっくりだけど、まわりの風景楽しみながら歩いてたのが良かったんだ。
最近、前だけしか見ないで必死に早歩きしてて無理してた。
最近、数学の発展問題は無理しないで、ゆっくり、基本をまずしっかりって思った頃から、いろんな教科で「これおもしろい」って立ち止まってることがあるようになった。
勉強用の頭脳カメラのシャッター切る感覚がよみがえってきた。
去年、勉強用頭脳カメラのシャッターは壊れてて作動してなかった。
時間に余裕を感じたからからだろか。
立ち止まる時間なんてほんのちょっとなのに。
前はそんな余裕全くなかった。
最近、数学もだんだんおもしろいって感じが戻ってきたから、授業でおぼえられるようになってたきた。
(・ω´・+)そっか・・・おもしろいって思えばいいのか。
(´^ω^`)立ち止って風景楽しみながら歩いてみようかなって思います。
カメラで風景撮影しながら。
最近のコメント