(´^ω^`)カンパネラです。
明日は、卒業ライブです。
みんなと演奏するのも明日で最後です。
それをおもうと
(´ ; ω ;`)微妙な気分です。
今日は、最後の練習。
1時間だけ寝て勉強し、
( ・`ω・ノ)ノ朝だ!よし、いくぞぉぉ!
カーテンオープン!
( -=・=- ω -=・=-)え?なにこの天気?
(  ̄ ω  ̄ ; )ノノあ!まさか
JRが動いてなかった。
ヽ(`ω´)ノゑ(ω´ノ)ゑヽ( )ノゑ(ヽ´ω)ゑヽ(;・ω・;)ノゑ
駅に電話をかけつづけても、チケット取るみたいにかからない。近い駅から順番に電話する。
やっと電話つながっても、今、小樽で止まったままで、いつ動くかわからないって・・・いつ来るかわからない列車をひたすら待つ。
やっと乗った電車は、時速30キロのろのろ。
そして、次の駅で・・・・
(´TωT`)止まった。えぇぇぇぇ。しばらくストップ。
速く行って練習したかったのに。
おそい!!!!!!!!!!
そして、なんとか芸森へ。
そういえば、去年の卒業ライブの日もJR完全に止まって、最悪な天候でお客さんこれなくてガラガラ。整理券すぐなくなったはずなのに、ガラガラ。友だちもこれなくて、寂しかったんです。明日じゃなくて良かった。
明日は、当日券がないので残念です。整理券もすぐなくなっていまうので、整理券の割り当ても少なくされてしまい、渡せなかった人、ごめんなさい。
なのに、昨日の新聞にでちゃって、電話が殺到したらしいです。
最後に整理券なくても入れちゃうのでしょうか?
(´^ω^`)HOKUZEROのお友だちが来てくれると思うと、より頑張れます。ぼくの仲良しのみなさん、寮生のkenminくんまで、わざわざ外出許可とってくれてありがとう。
整理券、ほんとうは先生も来てくれたらなっていうささやかな気持ちもあって。。でも、せっかくの休みの日だし、やっぱり迷惑になるかなとも思ったり、整理券なので「来れなかったら捨てても良い」と言って渡そうかなって思ってました。
そんなときの昨日、個人的に急に呼ばれ、え?何、怒られるんだろ?
( ´・⊥・) ( ̄ω ̄; )と、硬直し、どきどきしながら先生のところへ。
(´^ω^`)あったかい言葉をかけていただきました。
そのとき、よっぽど整理券のこと言おうかなって思ったのですが・・・
ε=ε=ヘ( ;・ ω・)ノ言えずに固まったまま戻ってきてました。
明日は、1年間の思いをこめて、力いっぱい良い演奏します。
o(・ω´・+)がんばります。
(´^ω^`)っ”明日。お越しお待ちしています。
・・・・・・・・前から書いてた記事です。・・・・・・・・・・
春から頑張ってきた、ぼくのドラム。
(・ω´・+)σモーラー奏法で頑張ります。
テクニック的には、まだまだまだまだ修行中です。
モーラーは簡単に言うと脱力奏法のようなもので、見た目は違いがわかりづらいのですが、わかるひとには、円を描いて動くので一目でわかる。
力学的、人体的にも自然なところに魅力を感じています。
日本で一般的に教えられている叩き方とは、考え方共にま逆のような叩き方といった感じです。たとえば、日本は叩く瞬間力を入れて握るのに対して、モーラーは叩く瞬間力を抜いてゆるゆるです。
軽そうに楽に叩いてるのに、実は並みのドラマーの3倍はパワー、音圧、スピードがあったり、音色にバリエーションがあるのです。
ピアノの脱力奏法と同じような感じなので、ぼくには親しみやすかったのです。
スティックの持ち方1つとっても、レギュラーとか、ジャーマンとか、アメリカンとか分けて指導されたりしていますが
(・ω´・+)音楽表現をするのに、全部あり、いろんなもち方のバリエーションがあっていいのではないかと思うのです。
海外のドラマーを間近に見て、何かが違うと感じたのです。
そして、これだ!とぼくの中で電気がついたようになったのが、この奏法だったのです。
そして、ジャズオケで海外の学生ドラマーと交流して、モーラー奏法のことで話があったとき、やっぱりこれだ!と確信したのです。
まだ、日本では浸透されてないようで、教えられる人も数えるほどしかいないようです。ネットや動画サイトで、日本人によりモーラー奏法もどきはたくさん出回っていますが、真のモーラー奏法は少ないのです。モーラーをきわめてる方は、やはり、海外で学ばれているようです。
はじめは動画で見よう見まねでやりましたが、やってるつもりだけで、先生についてもなお基本の叩き方ができるまで、難しかったです。
もちろん、好みもあるかと思いますが、きわめてもきわめても終わりのない音楽的表現を追求するには、日本で教えられているような日本式ではだめだと思ったのです。
ドラムの歴史や、音楽の歴史を学ぶうち、なぜ、日本はこのような叩き方が指導されるようになったかということも、わかりました。
海外のドラマーとの演奏や考え方の違いもわかりました。
思ったのです。ピアノの歴史と同じではないかと。
ピアノも日本に入ってきて、ときたま海外であまってた教本のバイエルを日本に持ち込んだことから、バイエルのような日本独特の教育ができたといいます。一説に、売れてなかったからとか。それにのって教育された日本を代表するピアニストが海外に行ったとき、自分の演奏がぜんぜんなってない、間違っているというような評価をされ、自ら命を絶ったという非常に悲しい歴史もあったようです。その方の演奏の録音をテレビで聴いたとき、力で弾いている音がしました。残念ながら、ぼくが聞いても現在では評価されないだろう演奏でした。それが、日本1とされていたピアニストでした。
今は、ピアノは脱力にポイントをおいたレッスンが多くなって、テキストも進化して、バイエルを使う先生はほとんどいなくなっていると聞きした。ひたすら、練習曲集を何冊も時間かけて根性で練習する時代は終った、頭を使って効率的に楽しみながらが主流になってきるとききました。
構え方もバイエルで教えているような時代と違っていたり、いす1つとっても、昔はまるい安定性のないイスだったのに、今では安定感のある横長いすに変わってきたとききました。
ぼくは、脱力奏法なしに、力づくの人間業でラ・カンパネラを弾くこと、表現することはありえないと思うんです。
ドラムもピアノと同じアコースティックな楽器。
そのピアノのバイエル教則本が、今の日本のドラム教則本、ドラム教室で使われるテキストのように思えてならないのです。
ぼくは、いつか、ドラムもピアノと同じような歴史をたどるのではないかと思います。
(・ω´・+)今のドラム教則本が、バイエルのように支持されなくなる時代がくるのではないかとぼくは思います。
日本でピアノは大学ができ、研究されてきているのに対して、ドラムは、日本での歴史が浅く、私大が2つ位?(宿題:仕事調べ)のようなのです。海外には大学がたくさん存在するのに。日本はこれだけ音楽が発達してきているのに、こんなもんです。
表現の仕方・音質を聞いていただきたいです。
音色のバリエーション。特にシンバル。
1パーツの打楽器から違う音色を奏でるのです。
バスドラの16(分音符)連打。
通常、ダブルペダル(両足)でやる連打を、足の脱力奏法で1本足でやるのです。
長く続けても一定のロール。
通常、長く続けると押さえつけるようになり、粒と音色が一定ではなくなるのです。
ぼくにドラムの楽しさを教えてくれた先生に感謝いたします。
(・ω´・+)去年より上達した演奏できるように頑張ります。
音楽については、つい語ってしまうカンパネラでした。
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